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東京高等裁判所 昭和36年(う)962号 判決 1961年8月15日

控訴人 被告人 佐野一郎

弁護人 今成一郎

検察官 原長栄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

但しこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかるオピアル注射液五箱(昭和三六年押第三八二号の一及び二)アヘン末入ガラスビン一個(同押号の三)はこれを没収する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人の控訴趣意第一について

所論は、麻薬取締法第二十七条第三項にいう「麻薬……の中毒者」には麻薬施用者を含まず、麻薬施用者自身が麻薬中毒者であつて自己の中毒症状緩和のため麻薬を施用した場合は右法条の違反とはならないのにかかわらず、原判決が被告人の原判示第一の所為に同法条を適用して処断したのは法令の適用を誤つたものであるというのである。

しかしながら、右麻薬取締法第二十七条第三項の規定は、その文理上からも所論のように解釈しなければならないものとは考えられない(所論のように麻薬の施用のための交付、処方せんの交付について規定しているからといつて、これらと併立的に規定されてい麻薬の「施用」が麻薬施用者自身に対する施用を含まないとはいえない。)のみならず、麻薬取締法が、麻薬の乱用によつて生ずる害悪の甚大なることにかんがみ、保健衛生上の危害を防止するため、その生産から流通を経て費消に至る全過程を通じ、極めて厳格な取締を行うことを目的として規定されていることに鑑みると同法第二十七条の規定は、その第一項において原則として所定の免許を有する麻薬施用者以外の者が麻薬の施用をなすことを禁止し、次いで同第二項において麻薬施用者といえども麻薬を施用し得る場合を自己又は他人の疾病の治療を目的とする場合のみに制限した(旧麻薬取締法〔昭和二三年法律第一二三号〕第三十八条は麻薬施用者が自己の疾病を治療するために自己に施用することをも禁止していた)のに加えて、同第三項において第二項の規定にかかわらず、麻薬施用者は、いかなる場合においても、麻薬中毒症状の緩和その他その中毒の治療の目的で麻薬を施用してはならない旨絶対的な制限ないし禁止を定めたものであり、もとより麻薬施用者自身が麻薬中毒者である場合に自己の中毒症状緩和のため麻薬を施用する行為をも禁止した趣旨であると解するのが相当である。所論は、麻薬施用者が麻薬中毒者である場合には、麻薬を注射または服用すべきでないと期待することは不可能であり、法律がかかる期待可能性のない場合を規定して処罰を求めているとは考えられないと主張するけれども、麻薬取締法は、麻薬を使用しないでも麻薬中毒を緩和し治療し得ることを前提としているのであるから麻薬中毒者の麻薬に対する欲求が強烈であるとしても、中毒者は医師の指示により適法な治療方法を受け得るのであつて、麻薬中毒者には中毒緩和のため麻薬を使用しないことを期待することは不可能であるとはいえない、このことは麻薬中毒者がたまたま麻薬施用者の資格を有すると否とにより異るところはない。論旨は採用できない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 岩田誠 判事 司波実 判事 小林信次)

弁護人今成一郎の控訴趣意

第一点原判決は麻薬取締法第二七条第三項の規定の解釈を誤り不法にこれを適用して被告人を処断した違法がある。同条第三項は「麻薬施用者は麻薬中毒者の中毒症状を緩和するため麻薬を施用し若しくは施用のため交付し又は麻薬を記載した処方せんを交付してはならない」と規定している右規定の趣旨は麻薬施用者が中毒者に麻薬を施用し交付し又は処方せんを交付してはならないということであつて中毒者は麻薬施用者以外のものを指しているのである。文章としても中毒者の中に麻薬施用者自身をも含ませることは無理である何故ならば「施用のため交付し又は処方せんを交付してはならない」ということはあくまでも中毒者を施用者以外の者と考えて規定したものであることは明白である日本語の文章としても「麻薬施用者は中毒者に」という場合に中毒者の中に麻薬施用者自身をも含めて第三者を指称することはあり得ない。その場合には、もつと他に用語があるはずである。

刑法第二〇四条は、「人の身体を傷害したる者」と規定しているがここでいう「人」の中には自分自身を含まない。すなわち、自傷行為は特別の規定のある場合の外は罰せられないのである。麻薬取締法第二七条第三項の規定もこの刑法傷害罪の規定と同様であつて麻薬施用者自身が麻薬を施用した場合は、含まれないものと解する。殊に麻薬施用者が麻薬の中毒者である場合には麻薬を注射又は服用すべでないと期待することは不可能である。すなわち期待可能性がなく責任を負はせることが出来ないのではないであろうかという疑問もある。法律が期待可能性のない場合を規定して処罰を求めていることは、考えられない。したがつてかかる場合の処罰の根拠は他に求めるべきであつて麻薬取締法第二七条第三項の規定を適用することは誤りである。

(その他の控訴理由は省略する。)

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